翻訳アプリは現場のどこまで使えるか — 栄養アセスメントで使って分かった限界
外国人の患者さんが入院してきたとき、スマホの翻訳アプリを開いて訪室する——もう珍しい光景ではありません。ただ、しばらく使ってみると「ここは助かる」「ここは無理」がはっきり分かれてきます。入院時の栄養アセスメントで Google 翻訳を使い続けて見えてきた、効く場面と効かない場面を整理します。
助かる場面:こちらが伝える内容が決まっているとき
翻訳アプリがいちばん強いのは、こちらから一方向に伝える場面です。訪室の目的、これから何をするか、次にいつ来るか。言う内容が自分の頭の中で決まっているので、訳が多少ぎこちなくても意味は通ります。
- 「栄養状態を確認するために来ました」
- 「体重を測らせてください」
- 「明日またうかがいます」
この手の文は、訳が少しおかしくても患者さんが場面から補ってくれます。体重計を見せれば乗ってくれる、というのと同じ原理です。
効かない場面1:相手の答えが単語だけで返ってくる
いちばん困ったのは、こちらの質問は伝わったのに、返ってきた単語が聞き取れない場面でした。
食物アレルギーを聞いたときのことです。患者さんは答えてくれているのに、こちらには「メンゴ」のように聞こえる。普段の業務で出てこない食材だったこともあって、それが mango だと思い至るまでにかなり時間がかかりました。食物アレルギーは、取り違えがそのまま事故になります。曖昧なまま次の質問に進むわけにいきません。
ここで翻訳アプリは助けになりませんでした。アプリは入力された音声を正しく拾えて初めて働くので、こちらが聞き取れない音は、アプリも拾えないことが多いのです。
単語で返ってきたら、音を追うのをやめて書いてもらう。紙でもスマホの入力画面でも構いません。綴りが見えれば数秒で解決します。食品なら、画像検索の結果を見せて指さしてもらうのも速い方法です。
効かない場面2:専門用語が日常語に訳される
栄養の用語を翻訳アプリに通すと、思わぬ訳が返ってくることがあります。たとえば下腿周囲長を測りたくて英語を調べたとき、出てきたのは calf circumference でした。calf には「ふくらはぎ」と「子牛」の両方の意味があるので、日本語に訳し戻すと「子牛の周径」のような表示になることがあります。初めて見たときは、何を指しているのか分かりませんでした。
同じことは医療用語の全般で起きます。アプリは文脈を「医療」だと知らないので、より一般的な語義を優先してしまいます。
自分が測る項目・使う評価ツールの英語は、翻訳アプリに任せず事前に確定させておく。数は多くありません。評価項目は毎回同じなので、一度調べれば使い回せます。
効かない場面3:言語の切り替えが会話のテンポを壊す
日本語→英語で話しかけ、返事を聞くために英語→日本語に切り替える。この往復のたびに操作とラグが入ります。1往復なら許容範囲でも、聞き取り項目が10個ある栄養アセスメントでは、この待ち時間が積み上がって会話が途切れます。
患者さんの側も、こちらが画面を操作している時間は手持ち無沙汰になります。間が空くと「伝わっていないのかな」と不安にさせてしまうこともありました。
毎回必ず聞く項目は、自分の口で言えるようにしておく。アプリは「想定外のことが起きたとき」のために取っておく。この切り分けだけで、訪室1回あたりの操作回数がかなり減ります。
結局、どう使い分けているか
いまの使い分けはこうなっています。
- 自分の英語で言う:毎回聞く定型項目(目的の説明、体重、食事量、アレルギーの有無)
- 翻訳アプリを使う:想定外の話題、患者さんからの質問、細かい食習慣の確認
- 書く・見せる:固有名詞、食品名、数字。音で解決しようとしない
- 医療通訳に切り替える:同意説明、病状説明、誤解が許されない場面
最後の点は原則として決めておくべきところです。翻訳アプリは誤訳に自分で気づけないので、誤解が患者さんの不利益に直結する場面では使いません。通訳の手配先を1つ知っているかどうかで、判断の速さが変わります。AMDA国際医療情報センターのような、電話で遠隔通訳を依頼できる窓口を控えておくとよいです[3]。
アプリより先に用意しておくと楽なもの
翻訳アプリの使い方を工夫するより、先に用意しておいたほうが効果が大きいものがあります。
ひとつは公開されている多言語の様式です。厚生労働省は診療申込書・入院申込書・各科の問診票などを13言語で公開していて、Word版は編集もできます[1]。自力で英訳を考える前に、使える様式がないか確認したほうが早いことが多いです。
もうひとつは指差しボードです。厚生労働省の補助事業として運営されている「外国人患者受入れ情報サイト」に、指差しボードや多言語の医療問診票が分野別にまとまっています[2]。音声でのやりとりが詰まったとき、指で差してもらうほうが速い場面は想像以上に多くあります。
やさしい日本語・やさしい英語で話す
最後に、アプリを使うかどうかに関わらず効くことがひとつあります。入力する文自体を簡単にすることです。
翻訳アプリは、長い文・主語の省略・二重否定が苦手です。日本語で「ご飯はいつもどれくらい召し上がっていますか」と入れるより、「ごはんを どれくらい たべますか」と短く区切って入れるほうが、訳が安定します。これは相手に直接英語で話すときも同じで、1文を短くするだけで通じ方が変わります。
- 1文に1つのことだけ入れる
- 主語を省略しない
- 敬語の装飾を削る(丁寧さは表情と声で足りる)
翻訳アプリは「こちらが伝える」場面に強く、「相手の答えを拾う」場面に弱い。毎回聞く項目は自分の口で言えるようにして、アプリは想定外のために取っておく。固有名詞と数字は音ではなく文字と画像で解決する。誤解が許されない場面は医療通訳に切り替える——この4つを決めておくだけで、訪室がずいぶん楽になります。
参考文献
- 厚生労働省「外国人向け多言語説明資料 一覧」(診療申込書・問診票・各種同意書などを13言語で公開). mhlw.go.jp
- 外国人患者受入れ情報サイト「多言語ツール」(厚生労働省補助事業). 指差しボード・多言語医療問診票・救急時の情報収集シートなどを分野別に収載. internationalpatients.jp
- AMDA国際医療情報センター. 多言語の電話医療相談・遠隔医療通訳(9言語対応). amdamedicalcenter.com